親鸞聖人について

平安時代も終わりに近い承安（じょうあん）3年[1173]の春、親鸞聖人は京都の日野の里で誕生された。父は藤原氏の流れをくむ日野有範（ひのありのり）、母は吉光女と伝える。親鸞聖人は養和（ようわ）元年[1181]9歳の春、伯父の日野範綱（のりつな）にともなわれて、慈円和尚（じえんかしょう）のもとで出家・得度をされ、範宴（はんねん）と名のられた。ついで比叡山にのぼられ、主に横川の首楞厳院（しゅりょうごんいん）で不断念仏を修する堂僧として、20年の間、ひたすら「生死いづびき道」を求めて厳しい学問と修行に励まれた。

しかし、建仁（けんにん）元年[1201]親鸞聖人29歳のとき、比叡山での修行では悟りに至る道を見出すことができなかったことから、ついに山を下り、京都の六角堂に100日間の参籠（さんろう）をされた。尊敬する聖徳太子に今後の歩むべき道を仰ぐためであった。
95日目の暁、親鸞聖人は太子の本地である救世観音（くせかんのん）から夢告（むこく）を得られ、東山の吉水で本願念仏の教えを説かれていた法然聖人の草庵を訪ねられた。やはり100日の間、聖人のもとへ通いつづけ、ついに「法然聖人にだまされて地獄に墜ちても後悔しない」とまで思い定め、本願を信じ念仏する身となられた。

法然聖人の弟子となられてからさらに聞法（もんぼう）と研学に励まれた親鸞聖人は、法然聖人の主著である『選択集（せんじゃくしゅう）』と真影（しんねい）を写すことを許され、綽空（しゃっくう）の名を善信（ぜんしん）と改められた。そのころ、法然聖人の開かれた浄土教に対して、旧仏教教団から激しい非難が出され、ついに承元（じょうげん）元年[1207]、専修念仏（せんじゅねんぶつ）が停止（ちょうじ）された。法然聖人や親鸞聖人などの師弟が罪科に処せられ、親鸞聖人は越後[現在の新潟県]に流罪となった。これを機に自身を愚禿親鸞（ぐとくしんらん）と名のられ非僧非俗の立場に立たれた。

このころ三善為教（みよしためのり）の娘である恵信尼（えしんに）さまと結婚して、男女6人の子女をもうけられ、在俗のままで念仏の生活を営まれた。建保（けんぽう）2年[1214]42歳のとき、妻子とともに越後から関東に赴かれ、常陸（ひたち[現在の茨城県]）の小島（おじま）や稲田（いなだ）の草庵を中心として、自ら信じる本願念仏の喜びを伝えられ、多くの念仏者を育てられた。元仁（げんにん）元年[1224]ごろ、浄土真宗の教えを体系的に述べられた畢生（ひっせい）の大著『教行信証』を著された。

嘉禎（かてい）元年[1235]、親鸞聖人63歳のころ、関東20年の教化（きょうけ）を終えられて、妻子を伴って京都に帰られた。『教行信証』の完成のためともいわれ、主に五条西洞院（ごじょうにしのとういん）に住まわれた。京都では、晩年まで『教行信証』を添削されるとともに、『和讚』など数多くの書物を著され、関東から訪ねてくる門弟たちに本願のこころを伝えられたり、書簡で他力念仏の質問に答えられた。

弘長（こうちょう）2年11月28日（新暦1263年1月16日）、親鸞聖人90歳のとき、往生の素懐（そかい）をとげられた。

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親鸞聖人の教え

　親鸞聖人が９０年のご生涯をかけて私たちに教えてくださった“み教え”には、すべての人が救われていくお念仏の道が説かれています。

他力本願（たりきほんがん）

　「他力本願」という言葉は、浄土真宗において、み教えの根幹に関わる最も重要な言葉です。

　浄土真宗の宗祖である親鸞聖人がいわれた「他力」とは、自然や社会の恩恵のことではなく、もちろん他人の力をあてにすることでもなく、世間一般でいう、人間関係のうえでの自らの力や、他の力という意味ではありません。「他力」とは、そのいずれをも超えた、広大無辺な阿弥陀如来の力を表す言葉です。

　「本願」とは、私たちの欲望を満たすような願いをいうのではありません。阿弥陀如来の根本の願いとして「あらゆる人々に、南無阿弥陀仏を信じさせ、称えさせて、浄土に往生せしめよう」と誓われた願いのことです。この本願のとおりに私たちを浄土に往生させ、仏に成らしめようとするはたらきを「本願力」といい、「他力」といいます。

　私たち念仏の道を歩む者は、このような如来の本願のはたらきによる救いを、「他力本願」という言葉で聞き喜んできたのです。ここにはじめて、自らの本当の姿に気づかされ、いまのいのちの尊さと意義が明らかに知らされるのであり、人生を力強く生き抜いていくことができます。

悪人正機（あくにんしょうき）

　「悪人正機」とは、「悪人こそが阿弥陀如来の救いの本当のめあてである」という意味で、阿弥陀如来の慈悲のおこころを表す言葉です。

　阿弥陀如来は、平等の慈悲心から、すべての生きとし生けるものに同じさとりを開かせたいという願いを発（おこ）されました。だからこそ、この慈悲のこころは、今現に迷いの中で苦しんでいるものに注がれるのです。
　ですから、「悪人正機」という言葉を聴いて、悪事を犯してもかまわないと開き直ったり、悪いことをしたほうが救われると考えることは、誤った受けとめかたです。
　経典の中には、この如来の慈悲が、＜病に苦しんでいる子に特に注がれる親の愛情＞にたとえて説かれています。親鸞聖人は、このような阿弥陀如来の慈悲に出遇い、その慈悲が注がれているのは、他でもない煩悩に満ちあふれた自分自身であると受けとめられました。

　私たちは毎日いろいろな生き物のいのちを奪いながら生きています。また、めぐり合わせによってはどんな恐ろしいことでもしてしまいます。このような私の姿に気付かせ、同時にそのまま救い取ってくださるのが阿弥陀如来の慈悲であり、そのこころを表すのが「悪人正機」という言葉です。

往生（おうじょう）

　「往生」とは、本来、阿弥陀如来の浄土に往き生まれることです。日常的に使われるような、途中で行きづまったまま身動きが取れなくなることではありません。
　阿弥陀如来の本願に「あらゆる人々に南無阿弥陀仏を信じさせ、称えさせて、浄土に往生せしめよう」と誓われています。浄土真宗の往生は、この阿弥陀如来の本願のはたらきによる往生です。

　親鸞聖人は、如来のはたらきによって、信心を得て念仏する人は今この人生において、「必ず仏に成るべき身」（現生正定聚　げんしょうしょうじょうじゅ）となり、命終わった時には浄土に生まれて必ずさとりに至る（往生即成仏　おうじょうそくじょうぶつ）と示されています。

　私たちにとって大事なことは、この人生において如来のはたらきをうけいれること。つまり、信心を得て念仏する身にならせていただくことです。それはそのまま往生する身とならせていただくことなのです。
　阿弥陀如来の本願に気づいた人は、それぞれの人生を大切に歩むことができます。

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親鸞聖人の生涯の軌跡

京都　誕生・出家・修行・出遇い

戦乱、天災、飢餓が人々を苦しめる時代のなか、親鸞聖人は京都の日野の里で誕生されました。聖人は9歳で出家・得度をされ、比叡山に登られて20年間厳しい学問と修行に励まれましたが、比叡山での修行では、人間としての根源的な苦悩をどうすることもできませんでした。苦しみや迷いを抱えたままの生活をおくられていた聖人は、29歳のときに比叡山を下りて、六角堂に参籠し、聖徳太子の示現を得ます。そして、京都東山の吉水での法然上人との出遇いによって、本願念佛の教えを信じて生きることを決意され、上人のお弟子となられました。そのころ、浄土教に対して旧仏教教団から激しい非難が出され、時の朝廷によって専修念佛が停止されました。多くの指定が罪科に処され、僧としての資格を奪われ、親鸞聖人は越後に流罪となりました。

越前

親鸞聖人は流罪の身として越後に向かわれる途中、
立ち寄られた越前の地でもお念仏の教えを説かれました。

越後の生活

民衆とともに流罪の身となった親鸞聖人の越後での生活は、妻子と民衆とともにある、在俗のままでの念佛生活でした。厳しい自然環境のもとでの生活は、親鸞聖人の想像を絶するものでありました。しかし、1日1日を精一杯必死に生きる『ゐなかの人々』の生活のなかに、人間が人間として生きる厳しさと、その中で本願念佛に生きる姿を聖人は深く感じられたのです。この流罪以後、親鸞聖人は自らを『愚禿釈親鸞』と名のられ、非僧非俗の立場を宣言されました。聖人が流罪を解かれた後もしばらく越後での生活を続けられたとも一度京都に戻られたとも言われています。

信濃

親鸞聖人が越後から関東へと赴く際、信濃に立ち寄られたと言われています。

関東での教化と生活

流罪を解かれた親鸞聖人は、妻子とともに関東に赴かれたと言われています。当時は、貴族中心の社会から武士を中心とする社会は移行する変容期にあり、関東は新しい政治の拠点であるとともに宗教的フロンティアでもありました。
聖人は、常陸（茨城県）の小島や稲田の草庵を中心として、法然上人から教えられた本願念佛の教えを人々に伝えられ、関東の地に多くの念佛者が生まれました。性信を代表とする横曽根の門徒、真仏・顕智を代表とする高田門徒、順信を代表とする鹿児島門徒など、各地の念佛者が親鸞聖人の説かれる真実の教えを聞き深められた。

近江

親鸞聖人が関東から京都に戻る際に、近江に立ち寄られて教えを説かれたと言われています。

京都へ帰る決意

親鸞聖人は、63歳のころ、20年の関東での生活を終えられて、妻子とともに京都に帰られました。主著である『教行信証』を完成させるためであると言われています。
京都では、法然上人の亡くなられた後、本願念佛の教えは伝統的な仏教教団からの圧力を受けていました。比叡山から念佛の禁止を求めた訴状が提出されたり、法然上人の著した『選択集』の版木が焼かれるなどの非常に厳しい状況でした。そのような状況を聞いた親鸞聖人は、法然上人から教えていただいた本願念佛の教えをつたえることこそが、ご自身に課せられた使命であると考えられたのでしょう。京都では晩年まで『教行信証』を添削され、『三帖和讃』『唯信鈔文意』など精力的な執筆活動を繰り広げられました。
そして、弘長2年11月28日（1263年1月16日）に90歳でご往生されました。