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TEL. 0765-54-0201

〒938-0801 富山県黒部市荻生2711

稱名寺の境内

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本堂


 第17代正等の晩年、寛政四年(1792)3月に二度目の火災により本堂等を焼失しました。
 寛政8年(1796)に、当初間口九間の本堂を建てる積もりのところ、住職が病中のため坊守が大き過ぎるとして間口七間に設計変更させ夜中に欅材を断ち切らせたため、欅の赤身ばかりの用材で再建したと言い伝えられており、現在に至っています。


内陣・外陣


正面  御本尊(阿弥陀如来)
左脇壇 親鸞聖人御影
右脇壇 勝如上人御影
左余間 聖徳太子御影
    七高僧御影
    前住職御影
    前々住職御影
右余間 九字名号
    十字名号
    法名軸

門信徒会館



 稱名寺寺基移転400年法要を機に建設されたものであり、門信徒の方々のさまざまな活動・集りの拠点となっている。


経堂(六角堂)




 第22代正雄は、経堂(経蔵)を昭和4年秋に建立し、日展作家である佐々木大樹師作の聖徳太子像を入像しています。

納骨堂




 浄土真宗の『倶会一処』(仏説阿弥陀経:阿弥陀様の浄土に往生された仲間がともに一処にあう)のみ教えにあい、自然の理にかなった本来の姿でのお納骨ができ、300体以上の納骨スペースを備えた稱名寺の納骨堂です。

山門


 稱名寺の山門として、雨風の日も、雪が降り積もる日も、ずっと立ち続けてきました。
 しかし、山門の軒先や板をよく見れば、雨漏りなどから風化し、老朽化してきたことから、親鸞聖人750回大遠忌法要を機に、屋根を新しく葺きかえることとなりました。
 これまでは、瓦葺の屋根でしたが、新しく銅葺きの屋根となり、美しい姿となりました。

鐘楼


 稱名寺の鐘楼は、明和2年(1763)に建立され、約250年近く建っていました。しかし、年月とともに、虫食いからの痛み、老朽化してきたことから、平成26年親鸞聖人750回大遠忌法要を機縁に、移転、再建することとなりました。
 新しい鐘楼は、古い鐘楼堂は瓦葺で、ケヤキの柱でしたが、この度は、ヒノキの柱で作られ、屋根は新しく銅葺きの屋根となりました。

梵鐘


 先代の梵鐘は、昭和22年に鋳造されたものでありましたが、戦争などの背景より、鋳造にあたり、材料も乏しき時代であったため、この度、新しく梵鐘を鋳造いたしました。
 先代同様、この度も京都本願寺の梵鐘もてがけた高岡市の老子製作所にて、『本願寺型』で製作することになりました。
 その大きさは、三尺三寸(約一メートル)、重量は三百三十貫(約一・二トン)にもなります。
 鋳造にあたる火入れ式は、新年初の鋳込み作業にあたる「初吹き」となり、平成25年1月7日に行われました。その後、梵鐘が完成し、同年10月9日に新しく再建された鐘楼に吊下げられ、美しい音が響きわたるようになりました。


梵鐘にはいっている文字撞木(鐘をつく木)側

梵聲猶雷震(ぼんしょうゆらいしん)   清浄な仏の声は雷鳴がとどろくようで
八音暢妙響(はっとんちょうみょうこう) 八音は妙なる響きの暢ぶ

天下和順(てんげわじゅん)       この世が平和で
日月清浄(にちがつしょうじょう)    太陽と月は明るく照らし
國豊民安(こくぶみんなん)       国は豊かで国民は安らかで
兵戈無用(ひょうがむよう)       武力を必要をせず

梵鐘にはいっている文字撞木(鐘をつく木)反対側

正覚大音 響流十方           如来の正覚は説法の大音となって 十方世界に響きわたる
(しょうがくだいおん こうるじっぽう)

光明遍照(こうみょうへんじょう)    仏徳の明るい光は
十方世界(じっぽうせかい)       広く世の中を照らし
念仏衆生(ねんぶつしゅじょう)     念仏を唱える人々を
摂取不捨(せっしゅふしゃ)       おさめとって決して見捨てることなどない

バナースペース

浄土真宗本願寺派
含暉山稱名寺
(がんきざんしょうみょうじ)

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